僕がいることを喜ぶ人がどこかにいてほしい

僕がいることを喜ぶ人がどこかにいてほしい

中高生の時の日記を見つけた。

読み返すのは恥ずかしいけど楽しい。

学校での出来事とか、その時の体調のこととか、読んでいた本のこととか、いろんなことが書いてあった。

自分なりに成長していることにも気づけた。

その中に、こんな日記があった。

2007年7月5日

昨日に引き続き、今日も3年1組はわたし一人で、先生と一対一の授業でした。

やっぱりさびしい。

でも、正直なところ、たまには一人っていうのも悪くないと想いました。

わたし以外のクラスメート3人といるのはとても楽しいです。でもみんな器用にいろいろこなすため、わたしが(次はどうしようかな?)と周りの様子を見ようとして、考えようとしてるときにいろいろ手助けしてくれるんです。みんながやったほうが数段早いし、わたしが下手に手を出すとかえって邪魔になるみたいで…。もちろん、みんなそんなこと言いませんが。

一人のときは、誰も手を貸す人がいないので、マイペースに考えながらなにかを進めていけるんです。

みんなにそれを伝えきれたらいいのですが…。やっぱりいざとなると「いいよいいよ」って言われて終わりってことが今までにあったような気がするんです。だから、上手にできないわたしはなにも言えなくて。

これから、せめて盲学校にいる残り3年と約9ヶ月の間には、直したい…と思うんですけどね…。

他のクラスメイトがスポーツ大会の遠征で出かけていた日の日記。

敬語で書かれてるのは、たぶん当時やっていたブログの下書きだから。

盲学校にいた頃は、自分の役割とか居場所について悩んでいた。

中島みゆきさんの「命の別名」の

「僕がいることを喜ぶ人がどこかにいてほしい」

っていう歌詞に近い気持ち。

この歌はもっと重いテーマを歌ってるのかもしれないけど、みんなと一緒に何かをやってるとき、自分の役割がないと寂しくて。

大げさだけど、その場にいることを歓迎されてない気分になっていた。

周りの視覚障害を持つ友達からは、健常者と一緒に働いているとできることを探すのが大変という話をよく聞く。

でも私は、視覚障害者の中にいてもそういう気持ちを味わっていた。

今は、いろんな障害を持つ人と一緒に仕事をしていて、できること・やりたいことを見つけることができた。

みんな障害を持っている環境ということや、雇用形態のおかげも大きい。

でも、子供の頃ずっと悩んでいたことは解消できた。

少なくとも学生時代の自分には「大丈夫だよ」って言えるくらいになれたと思う。